活動報告
カテゴリー : 支援活動
静岡支部より活動報告
~繋がっていく絆~
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
静岡支部長の後藤です。
7月5日、長泉町から10tトラック1台分の善意が
旧北上町と旧雄勝町に届けられました。
長泉町の皆様の、
遠藤町長様はじめ長泉町役場職員の皆様の、
温かい気持ちが詰め込まれた大型トラック。
運転手さん無事に届けて頂き、ありがとうございます。
遠藤町長様はじめ地域防災課 主幹 芹澤様、
長泉町役場職員の皆様、
そして長泉町の皆様、
本当にありがとうございます。
代表の金野及び旧北上町と旧雄勝町の皆様に代わり、
厚く御礼申し上げます。
皆様の善意は無事に届けられ、
あっという間になくなったそうです。
これから旧志津川町、旧歌津町にも届けられることで
しょう。
7月5日、私は携帯の着信音が鳴り出したので電話にでました。
電波の波に乗せられて届けられた言葉は、
「後藤さん、長泉町の皆さんからの善意が届きました。
みんな感謝しております。本当にありがとうございますと、
長泉町の皆様に宜しくお伝えください」
という感謝の気持ちが込められた言霊でした。
長泉町の皆様、本当にありがとうございます。
被災地の皆様は、大変感謝されていらっしゃいます。
同時に、皆様の温かいお気持ちにも感謝されていらっしゃいます。
これでまた一つ、長泉町と被災地の方々のあいだに絆が生まれました。
それは長泉町に限らず、全国の支援者の皆様も同じです。
素晴らしいことです。
嬉しい限りです。
人と人とが繋がりあっていく様は、実に美しいものだと
感じている今日この頃です。
静岡県及び全国の支援者の皆さま
今後とも『祈望』を宜しくお願い致します。
静岡支部長 後藤
静岡支部より活動報告

この建物は指定避難所になっていました。大津波に襲われ多くの尊い命が奪い去られてしまいました。犠牲になられた皆様のご冥福をお祈り申し上げます。私は、2011年3/11日に起こった悲劇を決して忘れないと誓いました。
~険しい復興への道のり~
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
静岡支部長の後藤です。
6月21日に仙台駅に着き、代表の金野と合流しました。
その日は、これからの活動のことなど色々とミーティングをし、全国の皆様が届けて下さった救援物資を倉庫で仕分け致しました。
翌日、倉庫に行き救援物資を車に丁寧に積み込み、食料品を買い、北上町と雄勝町に向かいました。
向かう途中に見える光景は、未だに大津波の爪痕が深く残されていました。
多少、道路は良くなったもののアスファルトで舗装されておらず、砕石が剥き出したままの車道もありました。
まだまだ復興には時間が掛かりそうです。
北上町に着くと救援物資の管理担当をして下さっている武山さんが、
「後藤さんお疲れ様です。納米里区の皆様から頂いた北上町の分の善意は、あっという間 になくなりました。皆様に本当にありがとうございますとお伝えください」
と、感謝の気持ちを込めた笑顔でおっしゃって下さいました。
その笑顔の裏に哀しみや、この先の生活に対しての不安を閉じ込めているのだろう。
そう思うと、 私は心が痛み複雑な心境になりました。
被災地の方々の心の震災は、まだ終わっていないのです。
武山さん、必ず納米区民の皆様をはじめご支援して下さった
静岡県東部の皆様に、私が責任を持って感謝の気持ちをお伝え致します。
ご支援して下さった静岡県の皆様、本当にありがとうございます。
皆様の善意は被災地の皆様にしっかりと届 いています。
被災地の皆様、納米里区の公会堂倉庫に区民の皆様が善意を次々と届けて下さっています。
7月16、17日のお祭りまで沢山の善意が届けられることでしょう。
静岡支部では、被災地の皆様が普通の暮らしを取り戻されるまで、こつこつと支援活動を続けて参ります。
「継続は力なり」です。
代表の金野と私は、武山さんに挨拶をしたあと、雄勝町に向かいました。
向かう途中に見える光景、雄勝町の光景はひどいものでした。
「復興」という言葉を口に出すのが憚られるほど大津波の残していった爪痕は凄まじく、とても厳しい現状でした。
一言に集約するならば、惨状です。
しかしながら、そのような状態のなか町の復興を成し遂げようと立ち上がり、頑張っている方々がいらっしゃいました。
熱い陽射しを浴びながら、瓦礫の撤去を必死に行っている方々。
休憩するにも日除けの大型テントがなく、
直射日光を浴びたまま体を休ませ、
熱射病で倒れ救急車で運ばれる方々。
日に、2,3人の方が熱射病で倒れられるそうです。
そんな厳しい状況下での作業、頭が下がります。
ボランティアも、瓦礫を撤去する重機や道具も、熱射病を防ぐための大型テントも、車も、全然足りていません。
仮設住宅では、ご年配の方ご家族がいらっしゃる方は
精神的にも肉体的にも疲れてしまうでしょう。
私は、そう感じました。
一刻も早く地場産業が復興し、震災で失業された方々に早く仕事が見つかり、アパートなどを借りられるよう願うばかりです。
しかし、被災地の皆さんもボランティアの皆さんも頑張っています。
「成せばなる成さねばならぬ何事も~」と上杉鷹山の言葉にもあるように、皆が一致団結して取り組んだなら、成せないことはないのです。
人と人との繋がりが薄れてきている昨今、
復興へ向けてどのような形でもいい、
助け合いの精神を持ち間接的であったとしても、
繋がり合うことに意味があるのではないでしょうか。
静岡の皆様、全国の皆様、
今こそ日本という島国の底力を世界に見せましょう。
代表の金野はじめ私ども祈望のメンバーは、
純粋に困っていらっしゃる方々のお力になりたい、
おじいちゃんおばちゃんがご存命なうちに、
全国の皆様にご協力して頂けたら幸いです。
雄勝町を後にするとき、周りの光景を見渡しました。
車が仰向けになっていたり、ぐしゃりと潰れていました。
大きな重機でさえ、潰れていました。
まるで、人類の終焉を目の当たりにしているようでした。
翌日の6月23日、仙台港付近と多賀城市を視察してきました。
驚きの連続です。
車の残骸の山、山、山です。
多賀城市の砂浜に近い松の木には衣服が引っかかったままでした。
海岸にはコンテナが半分顔を覗かせていました。
被災地では、まだまだ皆様のお力が必要なのです。
どうか、被災地の方々のために皆様の勇気と善意をお分けして頂けないでしょうか。
心温かいご支援の程、何卒宜しくお願い申し上げます。
支援者の皆様、今後とも「祈望」を宜しくお願い致します。
静岡支部長 後藤
大槌町に希望の光を!
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
緊急でお願いがあります。
岩手県大槌町から悲痛な声が届きました。
釜石市の北にある大槌町は、行政自体も被災しています。
震災時、津波で自宅を失った方々を救ったのは、かろうじて津波の被害を免れて、自宅の被害が最小限で済んだ自宅避難されている方々です。
「自分達は雨や風は凌げるから」と避難所に毛布や食料や衣類を提供しました。
ですが、行政自体が被災してしまっているため復旧作業が大幅に遅れています。
現在でも瓦礫が、ほとんど撤去されていない状況です。
地元の方々によると、これでも瓦礫は減った方だと仰っていました。
祈望では支援の届きにくい石巻市の雄勝町や北上町にご協力させていただいていましたが、多くの被災地を見ている私の目には、明らかに瓦礫の撤去が遅れているように思えました。
自宅避難されている方々は、罹災証明の申請が通らないそうです。
ですので、お金は行政から1円も入ってはきません。
地域にもよりますが、津波で住まいを失った被災者を、自宅避難の方々は行政より先に支援してきました。
避難所で生活する方々のために、ご自分達の物資をいち早く提供し、そのためにストック分が無くなりました。
雄勝町や北上町と同じ状況です。
震災直後から自宅が無事だった方々には行政からの支援はありません。
予想以上の大震災による復旧の遅れで、仕事もできないそうです。
現地支援者の皆さんも貯えが底を尽き始め、自力での物資確保が困難な状況になってしまったそうです。
近くのコンビニエンスストアが復旧しましたが、資金不足で物資購入ができなくなりました。
現在、とうとう食料不足に陥り、切羽詰まっている状態です。
大槌町の場合、避難所には今のところは配給があるそうです。
電気も水道も復旧しました。
現状では自宅で避難されている方々が、困窮を極めています。
今もなお、現地で自宅避難民の方々を支援しているのは地元有志の方々です。
正直、自分だけが食べる分であれば何とかなるそうですが、今の自分の力では、自宅避難されている方々への援助はできないそうです。
今は仕事でお付き合いのあるお客様から頂戴した芋や野菜などを、困っている自宅避難されている方々へ分けてあげることしかできないそうです。
「苦しい日々でも、たった一瞬でもいいから、みんなが心から笑顔になれるひと時がほしい。」
そんな想いで『東北復興支援団体 祈望』にお声掛けいただきました。
大槌町はこれから2ヶ月間ほどは、とても苦しい状況が続くと思います。
町は完全に麻痺してしまっているように感じました。
それほど、津波の被害が大きいということです。
大槌町の被害状況をYoutubeにアップいたしました。
これは震災から3ヶ月経った、今現在の町の姿です。
どうか、大槌町の方々への支援をお願い致します。
ご支援はアマゾン様からも可能となっています。どうか、皆様の力をお貸しください。
大槌町の多くの方々に物資はもちろんですが、全国からの「まごころ」も共に届くことを願っています。
被災地の子供たちにも、本当の笑顔が戻る日を願い、みんなで助け合っていけたらと思います。
「一人はみんなのために!みんなは一人のために」
どうか宜しくお願い致します。
代表 金野
忘れないでください
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
震災から3カ月、時間が経ちました。
時は流れても決して忘れてはならないものがあります。
震災後、未曾有の出来事を前に助け合いの輪が広がりました。
でも、今まで以上に本当に助け合いが必要なのはこれからです。
運命のあの日から、皆さまにはたくさんの支援と勇気と感動を頂きました。
本当に本当にありがとうございました。
今、一度、皆さまから助け合いの輪を波紋のように広げて頂きたいのです。
配給は終わりました。
自立は大切です。
ですが、まだまだ、自力での生活は、どう見ても困難そのものです。
皆様の尊いお力を必要としている方々が大勢います。
どうか、宜しくお願い致します。
この動画は賛否両論だと思います。
私のYouTube チャンネルに登録いただいたものです。
真実は必ず最後に残ります。
私は、この動画を見たとき、とても胸が苦しくなり涙が止まりませんでした。
身近な方々が亡くなりました。
東北の復興は順調に進んでいる!
そのように認識されている方々がたくさんいらっしゃいます。
残念ですが、現実は・・・真実は・・・全く異なります。
私は被災地のど真ん中に立ち、遠くを見つめました。
震災から3ヶ月が過ぎても、どこまでもどこまでも瓦礫が続いています。
現在は、この映像の頃よりは道路は多少改善されて瓦礫は分別されました。
被災地の真実の姿は今もなお、地獄絵図のような過酷な状況です。
残された私たちには「復興」という責任があります。
悲しみを乗り越えて・・・苦しみを乗り越えて・・・思い出を抱きしめて・・・
一人、また一人、立ちあがり、歩き始めています。
祈望では6月1日から「宮城きぼう商店街」をスタート致しました。
「宮城きぼう商店街」とは、被災から復興を誓い再建をかける事業主様の支援を目的としたものです。
被災地の事業主様は津波で会社、家、車、OA機器、事務用品、機材、中には家族を失った方々も大勢いらっしゃいます。
更には二重ローンも再建の妨げになっています。
今後はホームページで、再建に立ち上った事業主様を紹介して参ります。
再建に向けて、何に困っているのか、何が必要なのかをありのままお伝えして参ります。
復興に向けて一人でも多くの事業主様が再建できますよう、どうかお力をお貸しください。
心は目で見ることはできませんが、無限の可能性と無限の力を秘めています。
目には見えない「日本の心」を形にしていくのが、私たち、生き残った者の責務だと感じています。
自分が、なぜ、この時代に生まれたのか?
自分が、なぜ、宮城県で暮らしていたのか?
被災地のために被災者と共に時代を歩め!そのような運命を感じ始めています。
今までの人生はまるで、ここに辿り着くためのものだったかのように感じさえします。
たくさんの出会いや別れを辿って、新たに出会えた方々との現在の繋がりも、目には見えない不思議な力を感じずにはいられません。
生きていくことは、楽しいことばかりではありません。
ですが、「生きる」ということは、必ず深い意味があると思うのです。
自分は何の意味があって、生まれてきたのか?
これから、どのように生きていくべきなのか?
一人が一人が深く静かに自らの心に自問自答しなければならないのが「いま」ではないかと思います。
日本は本当に一つになれるでしょうか?
日本は本当に繋がることができるのでしょうか?
支援者の皆さま
これからも、どうか一緒に歩んでください。
たった一人の一歩より、たくさんの方々の意志のある一歩は力強いのです。
日本が心で繋がる日を信じて、私たちも繋がっていけたらと感じています。
これから、地場産業復活に向けて祈望の活動も活発化していきます。
復興に向けて全力を尽くすことを誓います。
今後とも、どうか宜しくお願い致します。
静岡支部より活動報告 ~善意の贈り物~
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
静岡支部長の後藤です。
静岡支部では沢山の善意をお預かり致しました。
右に連なる4枚の写真は、6月14日に撮影したものです。
当初から決まっていた被災地に向け、救援物資をお届けする6/20に間に合うように松岡区役員様、本村様、池田様が納米里区民の皆様に呼び掛けて、沢山の救援物資を自宅できれいに仕分け梱包して下さいました。
更に、納米里区長様の呼び掛けで、区の倉庫に届けられた救援物資の仕分け梱包も手伝って下さいました。
本当にありがとうございます。
この日は我が静岡支部の若きメンバー川島くんもミーティングをかねて、彼女と一緒に富士宮市から助っ人に来てくれました。
二人とも純粋で真面目な良い子です。
静岡県東部では助け合いの輪が拡がっています。
静岡県全域に善意の心が拡がっていったなら、どれだけ素晴らしいことか。
静岡県東部に限らず、静岡県の支援者の皆様、本当にありがとうございます。
納米里区では、7月17日のお祭り時まで夏場に必要なもの、食料品、子供のお菓子など救援物資を区の公会堂倉庫にて受け付けて下さいます。
私もお祭り時には、祈望の文字を刻み込んだ被災地の方々のための募金箱を、魂を込めてつくり、倉庫前に置かせて頂きます。
お祭りに訪れる皆様、救援物資をご提供しに来て下さった皆様に、私は頭を下げ寄付金のお願いをする積もりです。
その際は、心温かい寄付の程、何卒宜しくお願い申し上げます。
被災された方々を支援していくには、皆様の善意の寄付金が必要なのです。
被災地で復興を成し遂げようと必死に頑張っていらっしゃる方々のために使わせて頂きます。
1円たりとも決して無駄には致しません。どうか、『東北復興支援団体 祈望』に、皆様のお力をお貸し頂けないでしょうか。
静岡に限らず、全国の皆様のお力もお貸し頂けたら幸いです。
6月20日は4t車に納米里区民の皆様、谷井様、静岡県東部の皆様からお預かりした救援物資を、運転手さんと作業員さん、そして私とで丁寧に積み込みました。
運転手さん、作業員さん、ご苦労様でした。
私は走り出すトラックを、ご支援して下さった皆様の代わりに見送りました。
善意の沢山詰まったトラック。
感慨深いものが私を包みました。
無事に被災地に届けられることでしょう。
私も翌日の6月21日に被災地に行って参ります。
祈望 静岡支部の活動にご尽力して下さった皆様、ご支援して下さった皆様、本当にありがとうございます。
代表の金野に代わり厚く御礼申し上げます。
全国の支援者の皆さま
今後とも『東北復興支援団体 祈望』 を宜しくお願い致します。
静岡支部長 後藤
静岡支部より活動報告
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
静岡支部長の後藤です。
今、静岡では助け合いの輪が拡がっています。
私の住む長泉町納米里区では、区をあげてご支援して下さっています。
6/6日に納米里区役員会にて祈望の活動内容をご説明させて頂き、全面的にご協力して頂ける運びとなりました。
永井区長様はじめ区役員会の皆様、各班長様、ご尽力して下さった関様、そして納米区民の皆様、本当にありがとうございます。
更に、区は違いますが同じ長泉町民の谷井様、いつも温かいご支援ありがとうございます。
代表の金野に代わり厚く御礼申し上げます。
被災地では、たとえ仮設住宅に入居できたとしても配給が打ち切りになり、厳しい生活を余儀なくされています。
自宅避難者の皆様や避難所生活を強いられている皆様は尚更です。
その過酷な現状のなか、地元を早く復興させようと必死に頑張られている方々には頭が下がります。
子供たちの笑顔を取り戻すために、
皆が幸せに感じ取れる復興を目指して、
孤軍奮闘していらっしゃる方もおられます。
たくましさと心意気に、私は心を打たれました。
被災地では、まだまだ全国の皆様のお力が必要なのです。
どうか、私たちに皆様のお力をお貸し頂けないでしょうか。
私たちが責任を持って皆様の善意を、必ず被災地の皆様にお届け致します。
皆様の心温かいご支援の程、宜しくお願い申し上げます。
同時に、今後とも「祈望」を宜しくお願い致します。
「初志貫徹」
後藤
生活支援物資をお届けいたしました
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
震災で家財道具と車を失ってしまった木村さんに、家財をお届いたしました。
実は、引っ越しして間もないところに震災に遭ってしまい、全てを失い途方に暮れていたそうです。
知人の紹介で祈望の存在を知ったそうです。
旦那さまは車を失い、通勤にかなり困っている様子でした。
宮城県でも少しずつ架設住宅や仮住まいの準備が進んできました。
木村さんは、祈望を支援してくださっている、大家さんの物件に引っ越しが決まりました。
物件を提供してくださった遠藤様。
家財道具をお譲りくださいました、
望月 小夜加 様
中原 佐奈絵 様
武蔵野土木工業(株) 様
宮本 佳子 様
大石 恵子 様
伊藤 直子 様
森 悦子 様
江口 寿世 様
大変ありがとうございました。
いち早く御支援を頂きながら、困っている方々へのお渡しに時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。
被災地では、インターネットの環境が復旧していませんので、
祈望の存在を知らない方々がほとんどです。
震災から3ヶ月間、口コミでの地道な活動が続いています。
亀の歩みの如く、まさに一歩一歩、前に確実に進むしかありません。
私たちは、物資はもちろんですが支援者の皆さまの「まごころ」もお届けしたいのです。
皆さまは誰も見返りを求めてなどいないと思います。
皆さまは感謝されたくて、支援しているわけでもないと思います。
ただ、純粋に困っている方々のお役に立ちたい。
今の自分に出来ることは果たして何なのか?
自分の出来ることを出来る範囲で継続すること。
それで、十分だと私は感じています。
被災地の声は、
「物資は本当にありがたい。でも、それ以上に皆さまからの心が嬉しい。」
最後は「心」なのです。
皆さまの純粋な「まごころ」によって、被災地にもいつの日か、たくさんの笑顔が溢れることを願っています。
各、避難所や架設住宅では、配給停止をむかえます。
これからが、正念場です。
支援者の皆さま。
どうか、今後ともご協力よろしくお願い致します。
代表 金野
石巻市北上町十三浜の洗濯事情
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
石巻市北上町に支援物資をお届けした後、現地で問題になっている洗濯機不足の問題と架設住宅の問題に関して視察にいきました。
避難所では、今でも洗濯機2台を170人前後で共同で使用しています。
この相川保育所では、半分を避難所として活用されているそうです。
洗濯機は3台ありましたが、1台が壊れてしまいました。
支援者の皆さま
この度は、アマゾン様より洗濯機をご購入頂きありがとうございました。
洗濯機は、現在、石巻森林公園で待機中です。
こちらは、沢水をポンプで引っ張って洗濯機に繋げていますので、ただいま、自作で配管を作成しています。
完成したら、こちらに設置されます。
現在は、肌着が足りていないため、順番が回ってこない時や、天気が悪くて洗濯のできない日は、同じ肌着を何日か着なくてはなりません。
アトピーの子や、皮膚の弱い子は肌が荒れてしまいます。
できることなら、毎日、綺麗で清潔な肌着を着せてあげたいです。
皆さまから、支援頂いた物資は、ここ、相川保育所避難所と近隣の自宅避難されている方々にお届けさせていただきました。
大変ありがとうございました。
石巻市北上町は道路や橋のほとんが崩壊してしまいました。
被災地は、地域によって様々な被害の受け方をしていますが、この北上町は、道路状況がとても酷いです。
支援物資の輸送も大変です。
実際に避難生活されている方々には、過酷な状況です。
お店が全滅していますので、自力での物資の確保が困難です。
このような状況の中で皆さまからの支援は大変有難いものでした。
改めて「ありがとうございました」
今後とも、どうか、宜しくお願い致します。
代表 金野
※北上町の洗濯事情と道路状況はyoutubeでもアップしています。
復興への誓い
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
震災から、早くも3カ月という時間が経ちました。
自社の再興と支援活動とあっという間の3ヶ月間でした。
苦しい日々でしたが、皆さまのたくさんの励ましや支援のおかげで、何とか激動の日々を乗り越えることができました。
被災地の現状は、未だに方向性も決まらず混乱と不安に陥っています。
私は、今日、石巻支部の大槻さんと共に、雄勝町の瓦礫のど真ん中に降り立ちました。
初めて、この地を訪れたのは15年前でしょうか。
大槻さんと出会って以来、ちょくちょく遊びに来ては
大槻さんが養殖したウニ丼をご馳走になったりもしました。
この地で、たくさんの方々と出会いました。私には思い出の多い町なのです。
今では4000人を超えていた人口も、900人となりました。
蘇るのは、美しかった雄勝町の風景や優しくしてくださった方々の笑顔です。
目を閉じると昨日のことのように脳裏に蘇ります。
復興!復興!復興!
言葉では、こんなにも簡単に出てくるのに、現実は厳しく全く先が見えてきません。
瓦礫だらけの町並みを眺めながら、大槻さんは呟きました。
「もう、国や行政の援助を待つのはやめよう…。自からが動かないと復興は無理だ…。」
私もそう思います。
自分から立ち上り、前え前え、今は力が無くて走れなくても、歩けなくても、這ってでも、前へ前へ進もう。
今は、それしかできません。
何もない瓦礫だらけのど真ん中のこの地に祈望のプレハブを建てて、旗を立てて、復興への第一歩を歩みます。
この膨大な被害を前に自分達が何処までできるかはわかりません。
人は何かを成し遂げようとする時、まるで試されているかのように様々な妨げが、その身に降りかかるものです。
例外なく私たちの前にも壁は立ちはだかるかもしれません。
それでも私たちは、振り返らず、避けず、諦めず、歩み続けます。
瓦礫だらけの町並みの中に、ポツンと空き地があります。
ここは、大槻さんが所有している土地でした。
この地にプレハブと旗を掲げて祈望は本格的に次の段階へと進もうと思います。
地場産業の復活に向けて、全身全霊を込めて頑張りたいと思います。
支援者の皆さま。
どうか、今後ともお力をお貸しください。
全国からの清らかな魂と熱い心は決して無駄に致しません。
いつの日か、復興という形で必ず恩返し致します。
今後とも「祈望」を宜しくお願い致します。
代表 金野
支援物資をお届け致しました
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
塩釜市、多賀城市で夏服を譲ってくださった皆様。
群馬県からお越し頂き、物資を積んだ車を譲ってくださった
米屋幸徳様、原島文世様。
この度は、ありがとうございました。
今回お譲りいただいた物資は、石巻市北上町の十三浜の皆さまにお届けいたしました。
最近になって、やっと水道の復旧工事が始まった地区です。
この地区は6月15日に全ての配給が止まります。
緑茶は久しぶりだと皆さん、喜ばれていました。
また、栄養ドリンクは、瓦礫撤去で疲れた体には有難いと仰っていました。
米屋様、原島様。
「たったあれっぽっちで申し訳ない」と仰りますが、十分にありがたいです。
緑茶も栄養ドリンクも被災地を想いやる温かな優しさを私は感じました。
改めてありがとうございました。
多賀城市、塩釜市で夏服を集めて下さった皆様、ありがとうございました。
1枚1枚キレイにアイロンがかけられていて、袋に入れられていました。
さぞかし、大変な作業だったと思います。
これからも、どうか宜しくお願い致します。
代表 金野













































