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震災以後の宮城県

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震災以後の宮城県

震災直後から現在までの宮城県内の風景を機会あるごとに掲載していきます。
大地震、津波が来た後は、まるで現実のものとは思えない世界が広がっていました。
沿岸部は特にひどく、海岸線から10キロ近くまで津波で流され、家がばらばらに崩壊し、家族の想い出、車などあらゆるものがドロの中にが埋もれてしまいました。
見渡すかぎりドロに埋もれたがれき以外なにもありませんでした。
1ヶ月、半年、1年、2年、3年・・・月日が経てば皆さんの記憶から少しずつ忘れられていくのかもしれません。

しかし、私たちはこの惨状を忘れてはならない、一生忘れないで欲しい。 いま一人ひとりが出来ることを悔いのないように行い、いま生かされている自分の意味と役目があるのなら、子供たちの未来へとそれをつないでいきたい。そう思います。

東北復興支援団体 祈望 代表 金野文武

[ 2011年3月 ][ 2011年4月 ][ 2011年5月 ]

北上町と河北町を繋ぐ橋は半分なくなりました。


河北町。震災から3週間経っても海水は退かず、ボートで行方不明者が捜索されました。深い所は潜水士が潜って捜索にあたりました。


河北町から雄勝町への道路は崩壊し、緊急で仮設の砂利道が造られました。架設当初は満潮時は道が水没し戻れなくなりました。


石巻市雄勝町の避難場所。キャンプ場のコテージは子どものいる家族が優先され、男性はテントで寝食していました。


雄勝町役場。行政も被災してしまい、復興は先が見えません。


塩竈市内の国道45号線は仙台市と気仙沼市を結ぶ重要な国道です。ここも冠水で復興が困難に


塩竈市尾島町。塩竈の繁華街も冠水しました


お世話になった車屋と連絡がとれず、直接訪ねました。基礎しか残っていませんでした


仙台市宮城野区蒲生。家や会社はほとんど津波で流されました


仙台市宮城野区出花付近の産業道路。自衛隊の方々が通路を確保してくれました


多賀城市の産業道路。店舗、会社は壊滅しました


東部有料道路入口付近

東部有料道路入口付近


[ 2011年3月 ][ 2011年4月 ][ 2011年5月 ]


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