活動報告

カテゴリー : 支援活動

お車をお譲りいただきました

大石さんからお車をお譲りいただきました。茨城から自ら運転されての寄付です。本当にありがとうございます。きっと被災地で大活躍することと思います

大石様よりお車をお譲りいただきました。
大石様は茨城県から自ら運転されてお越しいただきました。
ありがとうございます。
名義変更をして5月21日に必ず被災地にお届けいたします。

また、大石さんは被災地を見学されました。
テレビや写真では伝わりきれない現実の世界を目の当たりにされて言葉を失っていました。
改めて継続的な支援が必要だということを認識されたようです。
被災者の方とも直接話されて、茨城でもできることを続けていきたいと仰っていました。

大石様本当にありがとうございました。

代表 金野

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南三陸町志津川保育所に支援物資をお届けしました

南三陸町志津川保育所

南三陸町志津川保育所


南三陸町志津川保育所の皆さん

南三陸町志津川保育所にパソコンとプリンターと文房具をお届けいたしました

支援してくださった方々

上智大学 国際言語情報研究所 安達恵子様
(有)中島デザイン 中島英樹様
アサヒリフォーム(有)青木忠史様
東京TDC 照沼太佳子様
海保 透 海保透意匠室様
(株)コミュニケーション・デザイ二ング研究所様
東洋エクステリア(株)様
(株)サカイデザイン アソシエイツ様
谷井雪江様

支援してくださった方々へ
お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
本来であれば、支援してくださった方々には、お一人ずつ丁寧にお礼をしたいのですが、
私の力不足、徹底できておりません。
心から申し訳なく思っています。
皆さまから届く物資には心を感じます。
丁寧にしっかり梱包されているもの。
段ボール箱一杯に、少しでも多くの物資を詰めようとされたお気持ちが伝わってくるもの。
段ボールに「頑張れ!」と大きく書かれているもの。
何もかもが「善意」の現れです。
その、善意に対して、全力でお応えしたいと考えています。
これからも、ご支援どうか宜しくお願い致します。

代表 金野

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大指林業者生活改善センター避難所でテントが不足しています

調味料や鍋はテントで雨風から
守っています


調味料や鍋はテントで雨風から
守っています その2


大指林業者生活改善センター避難所に
飲料水と衣類をお届けいたしました

5月5日にもお知らせしているこの避難所では、200世帯、500名ほどの方々が暮らしています。中でお子さんは50名ほどです。
この地区は電気、水道、ガスの復旧がいつになるのか、未だ全く目処がたっていないそうです。

避難所の収容人数がかぎられているため、避難所に入れない方々は4家族15人位ずつ、被害の少なかったお宅に身を寄せています。
地域のほとんどの方が、親族、自宅、車、家財道具、仕事を失い、義援金もまだ支払われていないそうです。
被災者同士、被害の少なかった方がご自分より大変なご家族の生活を支えていらっしゃいました。

この避難所の皆さんのご飯をつくる台所は、外にあるテントです。
このテントも被災者の方からお借りしていたものなので、今日明日にでも返却しなくてはなりません。
建物や倉庫がないため、備蓄の水、食料、調味料、鍋などの調理道具は屋外に作った台所で保管し、台所はテントで雨風から守っています。

この写真のようなテントが10個位必要になるそうです。
もし、ご不要のテントをお持ちの方がいらっしゃいましたら、お譲りください。
どうか宜しくお願いいたします。

代表 金野

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石巻市北上町の保育所が再開しました

相川保育所


相川保育所2


相川保育所3

石巻市北上町十三浜にある相川保育所が6月1日より再開します(※)。

現在はまだお昼寝用のタオルケット(30名分)がありません。
ご不要なタオルケットをお持ちの方がいらっしゃいましたらお譲りください。
どうかよろしくお願いいたします。

代表 金野

※5月17日訂正:投稿時16日より再開とお知らせしましたが、現在はまだ限定的ということです。

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大指林業者生活改善センター避難所に支援物資をお届けしました

こちらの支援物資は石巻市北上町十三浜で自宅避難されている方々へ配達されます


TVを設置しているところ

石巻市(旧北上町)大指林業者生活改善センター避難所に支援物資をお届けいたしました。

支援してくださった方々
中島佐奈絵様
渡部 育代様
(有)稲田工業 稲田貞幸様 稲田幸美様
本田 圭吾様
(株)エバタコーポレーション様
日本建築塗装職人の会 様
(株)サカイデザイン アソシエイツ様

避難所にテレビを設置いたしました。
提供:(株)エバタコーポレーション様

支援してくださった皆様ありがとうございました。
嬉しい報告があります。
この避難地区でも、ようやく電気の復旧工事が開始となりました。
避難所に着いて、先週とは何か雰囲気が違うな?と感じました。
先週よりも、避難所の皆さんの顔が明るかったのです。
聞いたら電気の復旧工事が開始になったそうです。
そういえば、自分の時も電気が点いたときは感激でした。

震災から2ヶ月以上の月日が流れました。
多くの人々が、普通の暮らしへと戻りつつあります。
そして、あの未曾有の出来事も過去の事として少しずつ記憶から薄れていきます。
これから、どれだけの人々が、震災を心に刻み生きていくのでしょうか…
失ってはならないもの。
助け合いの心。
普通の生活へと戻っていくことは素晴らしいことです。
だけど、「感謝」だけは忘れてはなりません。
被災地から代表して皆さまにお伝えしたいと思います。
「本当に本当にありがとうございます。」
今の私たちには、この言葉しか見つかりません。

代表 金野

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石巻支部での仕分け作業

石巻支部に届けられた支援物資を仕分けをしました。全国の皆さま、ありがとうございます


復興へ向けて石巻支部の大槻(写真中央)と静岡支部の後藤(写真左)で意見交換を行いました

石巻支部で仕分け作業を行いました。
今日は静岡支部の後藤が支援活動と現地視察に来ました。
車を譲っていただいた場合の名義変更の効率化についてミーティングしました。

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茨城県から支援物資を届けてくださいました

エバタコーポレーションの方々


支援物資


作業風景

今日は茨城県から、自らトラックを運転してエバタコーポレーション様がオフィス用品の支援物資を届けてくださいました。
本当にありがとうございます。

その後、仕分けを行いました。責任を持って、被災地にお届け致します。

支援してくださった皆様ありがとうございました。

副大表 倉田

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小さな避難所 大指林業生活改善センター

北上町 道路状況


避難所


避難所その2


避難所の中


みんなで共同で使っているバイクや
自転車


毎日この鍋でみんなが使うお湯を
準備しています


調味料や鍋はテントで雨風から
守っています


調味料や鍋はテントで雨風から
守っています その2


避難地区には約50名の
お子さんがいます。


お風呂の水は沢水を利用しています


お風呂を温めるボイラーも手作りです


手作りのお風呂。
4〜500人が利用します


男性達が更に散らばっている小さな
避難所に物資を届けに行っています

今日は北上地区に衣類を届けに来ました。

至る所で道路や橋が崩壊してしまい、ほとんどの道が架設の
砂利道になっています。
段差は著しく激しくて、雨の日や満潮時は道路が冠水します。

危険が多いため、学校にお子さんたちを通わせてあげることができません。
現在は、校長先生が避難所に出向いて勉強を教えてくださっているそうです。
石巻市、南三陸町、気仙沼市は国道45号線、三陸道で繋がっていて、比較的、支援物資が入りやすい立地条件になっていますが、北上地区は45号線から離れているうえに、小規模の避難所が点在していますので、支援物資の搬送が困難です。
現在は民間からの支援物資は、ほとんどありません。
唯一の頼りは自衛隊による配給のみです。

この地区は約200世帯で400名~500名ほどの方々が暮らしています。
お子さんは高校生までで50名ほどになります。

この地区は電気、水道、ガスの復旧の予定すら立っていません。
現在は、地域全員の分の食事を避難所で協力しながら作り、
各自が自宅に持ち帰り食事をします。
避難所の収容人数が限られているため、雨風凌げる方々は、
たとえ自宅が損壊していても戻るしかありません。
ここの避難所のほかに5ヶ所、被害の少なかったお家に
4家族15人くらいずつ避難をされています。
地域のほとんどの方が、親族、自宅、車、家財道具を失いました。
大きな避難所には、有名人が炊き出しに来てくださったり、
多くの支援物資が全国から届きますが、
小さな無名の避難所には、誰も来ませんし、支援物資も届きません。
この地区の方々は、下着は3日~4日に一度、靴下も穴だらけのものを履いています。
何もかもが不足しています。
お風呂は、全て手作りで沢水を利用しています。
お風呂の沸かすボイラーも拾って集めて作ったそうです。

おばあちゃんに何か食べたいものがないか尋ねると漬物が食べたいと言っていました。
若い方々は冷蔵庫もありませんので、本当にたまにでいいから冷たい水が飲みたいと言っていました。
小さなお子さんがいる方は、一口でもいいからアイスを食べさせてあげたいと言っていました。

仙台から、たった1時間半の地域です。
岡山県の総社市から被災者の方々へと何千人分もの肌着や下着が届けられた時は、新品の靴下や下着にみんなが、大喜びでした。

仙台は復旧が比較的早く、私は同じ宮城に住んでいながら、電気も水道もガスも何の苦労もなく使えるようになりました。
毎日、キレイな靴下を履き、風呂上がりには冷たい水を飲み、
温かいごはんを食べています。
そのことが、とても贅沢なことに思えます。
震災後、仙台にいた誰もが同じような気持ちだったと思います。

便利な生活を当たり前のように過ごしてきました。
不便な日々を過ごし、近所の方々と助け合いました。
全国の多くの方々から支えられ、人のありがたみや想いやりに改めて涙した人も多かったはずです。
でも、まだまだ苦しい日々を送っている方々が、何万人もいます。
テレビに映っている内容は、遠い所で起きている出来ごとではありません。
車ですぐ行ける身近な所で現在進行形で起きている事実なのです。

私は祈望の代表を務めていますが、本当は偉そうなことを言える立場ではありません。
阪神大震災のとき、私は1円も募金しませんでした。
どこかで、自分には関係ないと思っていたのでしょう。
本当に恥ずかしく情けないことです。
そんな私が、今は全国の方々に支えられながら、被災地の支援をさせていただけていることは、本当にありがたく感謝の思いでいっぱいです。
私は金持ちでもありませんし、権力を持っているわけでもありません。
ただ、目の前にいる困っている人を見て見ぬふりができないのです。
私自身、数多くの困難を乗り越えてきましたが、いつも誰かに支えられてきました。
私を支えてくださった方々は、私からの見返りなど求めてはいなかったでしょう。
無償の思いは尊く、温かい心に触れた人々は大きな勇気を得るでしょう。

このホームページを見てくださっている方々へお願いがあります。
できる範囲で構いません。
下記に挙げる物品を継続的に送っていただきたいのです。

・下着、肌着、靴下(年齢問わず)
・毛布、タオルケット、シーツ、バスタオル
・水、お茶
・玄米(白米は日持ちしないので悪くなってしまうため)
・カップ麺(現状は1000食あっても5日で無くなります)
・レトルト食品
・漬物類
・エアポット(電気復旧の目途が立たないため)
・クリアケース(3段で引き出しあり⇒避難所の場所が狭く
 スペースを確保するため)
・鍋、フライパン、ハシ、スプーン、フォーク、お皿
・つなぎ(作業服)
・服
・シャンプー、リンス、ボディーソープ、洗顔フォーム

被災地の方々は義援金も支払われておらず、車もありませんし
失業中・休業中の方ばかりです。
この避難所の方々のために少しでも多くの物資を送っていただけませんか。
どうか宜しくお願い致します。

代表 金野

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被災地に車2台をお譲りできました

志賀さんのパジェロミニです

被災地支援で難しいと思われていた車の支援ですが、ようやく7台目となりました。
下取りに出せば、もちろん金額の付くお車です。
パジェロミニを譲ってくださった方は、私と同じマンションに住んでいる志賀さんです。
奥様が22歳の時に初めて購入した、思い出の詰まった大切なお車です。
手放すにあたって多少の寂しさはあるそうですが、
困っている方々のお役にたつのならばと譲ってくださいました。


仙台市泉区七北田にある免許センター前のコスモ石油は、
私が会社でも個人でもお世話になっているガソリンスタンドです。
色々とお声掛けしてくださって、車検は切れていましたが、軽自動車を譲ってくださいました。

午前中、区役所に仮ナンバーの手続きをしに行ってきました。
今日は新潟支部の近藤さんと、広島から古くからの友人が車で20時間かけて支援物資と活動協力に来てくれました。
みんなで車を清掃し、それぞれ、広島と新潟からの長時間運転であったのに申し訳ありませんでしたが、
早速、石巻支部まで被災地にお譲りする車を運転してもらいました。


被災地への車の支援は500台を目標としています。

一人一人へ1台ずつのの支援は難しいですが、
自宅避難されている地区に1台あるだけでも、ご近所で共同でお使い頂ければ、だいぶお役に立てると思います。

車は被災地の方々も、送料や諸費用など何とか工面しようと頑張っています。

これから買換えを予定している方や、譲っても構わないという方がいらっしゃれば、どうかお譲りください。
宜しくお願い致します。

代表 金野

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4月29日の夕陽

仙台へ戻る途中、目の前に眩しいほどの夕陽が広がりました。
各被災地で、地元の方々と現在進行形の悩み、不安、願いなどを伺い、問題が山積している現実に誰もが、これからの険しく困難な長い道のりを覚悟しました。
自分達の及ぶ力を遥かに超越している数々の試練が私たちを待っています。

帰り、私の車の中には、現地視察に来てくれた祈望 東京サポート本部のメンバーが乗っていましたが、口を開く者はいませんでした。
テレビや写真で見ていた被災地の被害風景。
テレビや写真からでは、伝わりきれない生々しい現実を初めて目の当たりにして、言葉だけではなくて、本当に日本がひとつにならなければ、復興は叶わないのだと思い知らされた一日となったのです。

みんなこの国の何処かで同じ夕陽を見ているはずなのに、見ている場所が違うだけで、こんなにも置かれている環境が違うなんて・・・。
家も車も家族も津波で流され一人ぼっちになってしまった方も大勢います。
何かも失ってしまった子供たちもたくさんいます。
いつの日か、本当にみんなが心から笑える日が訪れるように全力で頑張ろう!
サポート本部のみんなと改めて心に誓ったのです。

代表 金野



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