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東京サポート本部からの被災地での活動報告(その1 ナカオでんき様)
支援者の皆さま こんにちは
いつも温かいご支援ありがとうございます。
東京サポート本部の佐々木です。
8月6日に静岡支部と東京サポート本部が、利府町しらかし台の倉庫に集まり、
現地の祈望メンバーと今後の支援活動についてミーティングを行ないました。
翌7日は被災地支援に同行しました。順次アップします。
6日のミーティングの途中、茨城県取手市から、ナカオでんきの中澤様がオフィス支援物資を届けに来てくださいました。
気仙沼でのボランティア活動に向かう途中とのことでした。
エアコン、除湿機、冷蔵庫などご支援いただきました。遠いところをありがとうございました。
被災地でのニーズが、刻々と移り変わってきています。
緊急性の高かった食料や生活必需品から、ようやく事業再開のためのオフィス用品、パソコン、冷凍車両、フォークリフト、重機、船などの大型の事業支援へと変化してきました。
私たちが当初から力を入れている『宮城オフィス支援プロジェクト』へ被災企業からの支援要望も増えており、大きな支援体制の構築を急がねばなりません。
この活動報告をご覧の大企業の皆さまに、お願いがあります。
是非、被災地にパソコン、保冷車、冷凍車、フォークリフト、
トラック、建設機械、ユンボ、トレーラー、船のご支援をお願い致します。正常に動くものであれば中古で構いませんのでお譲りください。
仮設事務所の建設遅延が影響して事業の再開が遅れている事業者も多く、遅延が連鎖せずに、地元企業ができるだけ早く仕事を再開できるよう精一杯サポートしてまいります。
ご支援を宜しくお願いいたします。
東京サポート本部 佐々木
8月1日の北上町、南三陸町志津川の状況
支援者の皆様、いつもありがとうございます。
東京サポート本部の佐々木です。
北上町の武山さんから、武山さんが1日の午後に撮影した、被災地の様子を送っていただきました。
併せて電話とメールで伺った、今現在の状況をお伝えします。
ここは石巻市北上町の近くで、海岸から1kmほど離れたところです。
今日の午後4時頃の満潮時の写真です。
左側の水のところは普段は陸地で、津波で堤防が決壊したため、満潮時には普通の陸地が海になってしまいます。
陸地が地盤沈下しているため、海水が流れ込んできて冠水しています。
雨が多い日は、ここの陸地だけでなく、川も田んぼもこのトラックが走っている道路も海水に沈んでしまいます。
北上町の一部地域も住宅の1階はみな浸水し、家に帰るときはボートに乗って戻ります。
地盤沈下している地区は1階には住めませんので、みなさん2階で避難生活をされています。
こちらは南三陸町の公立志津川病院の前です。道路が見えるようになり、震災直後から較べればだいぶ瓦礫が少なくなったようにも見えますが、実際は片付けても片付けても追いつかず、全体の2割位しか減っていない状況ということです。
地元被災者だけでは人手が足りないので、ボランティアの方々にもお手伝いしていただきながら、瓦礫撤去作業を進めています。
もうここにはご遺体がありません、という警察の許可が取れてからでないと瓦礫の片付けはできませんので、まだまだ手つかずの瓦礫の山がたくさんたくさん残されています。
人の手では、大きく重たい瓦礫を持ち上げることは出来ませんので大きいものは重機で行ないます。人の手で行なえるのは、持てる範囲の小さな瓦礫撤去と想い出さがしの仕事になります。
位牌や写真などの想い出の品々は、地域の公民館や学校などの決められた場所に集めて、持ち主の方が来られるのを待っています。
震災後しばらくは道路を空けるための瓦礫撤去でしたが、
当初は処分する場所が無かったので消防署の許可を取り、
ご遺体のないところで瓦礫を燃やしていました。
現在は燃やすと有害だということで、
それらの瓦礫を産業廃棄物として処分するために
トラックに載せて指定の処分場に運んでいます。
こちらの写真は北上町の瓦礫撤去作業の様子です。森の近くまで地盤沈下で冠水しており、海水が引かないのでいつもぬかるんでいます。
ここも膨大が瓦礫がまだまだ残されています。
震災後もうすぐ5ヶ月になりますが、宮城県の自治体ほぼ3分の1が被害を受けたと言われており、
瓦礫はようやく1万tくらい減ったそうですが、片付けても片付けても現在はまだ、終りは見えません。
町の予算で行なう瓦礫撤去作業ですが、自治体の予算の関係で陸の作業が一時ストップすることになるそうです。
ストップすると作業に遅れが出るため、地元の漁業組合がお金を払って船を借り、海上の片付けとご遺体の捜索を同時に行なっています。被災でたくさんの船を失いましたが、お一人でも多くの方がご家族の元に帰れるようにと、今日も捜索が続けられています。
津波でほとんどが流されてしまったため、北上町にはお店が1件もありません。
南三陸町には、残った倉庫で開店したコンビニが1件だけ営業していますが、スーパーと違い品揃えも少なく、生活必需品や食料を買えるお店まで数十キロもあり、車が無いと行ける距離ではありません。
せめて、自転車やスクーター、スーパーカブ、荷台付バイク等があれば、遠くまで買い出しに行くことができるので、眠っているものがありましたらお譲りください。
どうぞよろしくお願いいたします。
仮設住宅はぺらぺらの鉄板で出来ていて、収納スペースも無く、5〜6人の家族が四畳半2部屋ですし詰めで生活しています。
断熱材も入っていないため冬になって雪が降るとどうなるのか、とても心配になります。
現在自宅避難されている方々、仮設住宅で過ごされている方々は、周りに何も無くなった環境ですべて自分で賄わなくてはならなくて、普通の生活をおくることも難しいです。
生活できない、家族が亡くなった土地に居るのは辛い、など理由はそれぞれですが、3割位の方が町を出て、他の土地に移って行かれました。
人口が少なくなると国からの助成金の額も変わってくるため援助も少なくなってしまいます。そうすると税金も高くなり、町の復興も困難になっていきます。
みんなで気を配り合い、助け合いながら、励まし合い、なんとか故郷を復興しようと頑張っています。
被災地にはお店と仕事と車が必要です。
国の援助も、個人の助けも必要です。
東京サポート本部 佐々木
amazonジャパンのサイトで1つから支援できます。どうぞよろしくお願致します。
石巻市北上町 自宅避難の方への支援物資
http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/3W06P9P877UBH
石巻市雄勝森林公園避難所と自宅避難の方への支援物資
http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/25K4K354R3SUZ
岩手県上閉伊郡大槌町 自宅避難の方への支援物資
http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/3GNK2LDQDW35J
北上町の子供会 たくさんの贈りものありがとうございました
東京サポート本部からの活動報告
支援者の皆様、いつもありがとうございます。
東京サポート本部の佐々木です。
7月23日の夕方から、石巻市沿岸部の北上町でささやかな子供会が開かれました。
子供会の催しに間に合うようにと、全国の皆様からたくさんの贈りものが届きました。
かっぱえびせん、ポテトチップ、お菓子、ホットケーキミックス、ジャム、シロップ、アップルジュース、花火、おもちゃ、ラジカセなどをお贈りいただきました。
北上町の武山様から、支援者の皆様によろしくお伝えくださいとお礼の連絡をいただきました。
自分は 通夜、葬儀と続き参加できなかった子供会でしたが、
おかげさまで無事終えることができました。
子供たち全員に漏れなく配布されました。本当にありがとうございました。
なかなか食べれなく我慢していたお菓子類に子供たちは大喜びだったそうです。
大変ありがとうございました とお伝えください!
いつもと違う夏休みとなりましたが、想い出にのこる笑顔いっぱいの一日になりました。
支援者の皆様、本当にありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願致します。
一日も早く普通の生活がもどるように、私たちも東京から精一杯サポートしてまいります。
東京サポート本部 佐々木
amazonジャパンのサイトで1つから支援できます。どうぞよろしくお願致します。
石巻市北上町 自宅避難の方への支援物資
http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/3W06P9P877UBH
石巻市雄勝森林公園避難所と自宅避難の方への支援物資
http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/25K4K354R3SUZ
岩手県上閉伊郡大槌町 自宅避難の方への支援物資
http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/3GNK2LDQDW35J
支援物資をお届け致しました
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
塩釜市、多賀城市で夏服を譲ってくださった皆様。
群馬県からお越し頂き、物資を積んだ車を譲ってくださった
米屋幸徳様、原島文世様。
この度は、ありがとうございました。
今回お譲りいただいた物資は、石巻市北上町の十三浜の皆さまにお届けいたしました。
最近になって、やっと水道の復旧工事が始まった地区です。
この地区は6月15日に全ての配給が止まります。
緑茶は久しぶりだと皆さん、喜ばれていました。
また、栄養ドリンクは、瓦礫撤去で疲れた体には有難いと仰っていました。
米屋様、原島様。
「たったあれっぽっちで申し訳ない」と仰りますが、十分にありがたいです。
緑茶も栄養ドリンクも被災地を想いやる温かな優しさを私は感じました。
改めてありがとうございました。
多賀城市、塩釜市で夏服を集めて下さった皆様、ありがとうございました。
1枚1枚キレイにアイロンがかけられていて、袋に入れられていました。
さぞかし、大変な作業だったと思います。
これからも、どうか宜しくお願い致します。
代表 金野
静岡支部より活動報告
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
静岡支部の後藤です。静岡支部の活動報告です。
以前から祈望に厚いご支援をしてくださっている谷井様が、ご親戚のご夫妻を私に紹介してくださり、そのご夫妻からお布団やタオル等を沢山お譲りして頂きました。そしてご子息は無償で倉庫を貸してくださいました。
本当にありがとうございます。
お譲りして頂いた被災地救援物資の一部は、すでに被災地に届けられました。
「大変ありがたいです」と、携帯の電波の向こう側で本当に喜ばれていました。
私がお預かりしているお布団は、伊豆の国市長岡の遠藤様、三島市の佐々木様、カーポインツCE-ONE 国友様、富士宮市の農事組合 木の花ファミリー様、そして谷井様からお譲りして頂いた被災地救援物資と一緒に、6月21日に被災地に届きます。
大津波により数十万台の自動車が流され、震災時から3ヶ月近く経つ今でも、被災地では自動車が不足しています。
私は知り合いの車屋さんなどに声を掛け、自動車をお譲りしてくださる方を探していましたが、谷井様から自動車をお譲りしてくださる方をご紹介して頂きました。
その方は「被災地の方々のお役に立てるなら」と、快く軽トラックをお譲りしてくださいました。
山下様、本当にありがとうございます。
山下様からお譲りして頂いた軽トラックは、被災地で大活躍することでしょう。
ご支援して下さっている皆様本当にありがとうございます。代表の金野に代わり厚く御礼申し上げます。
これからも静岡支部は、地道に活動して参ります。
まだまだ厳しい生活を余儀なくされている避難所の方々、自宅避難者の方々がいます。
市内から遠ければ遠いほど、被災された方々の生活は厳しさを増します。食料も衣類も飲料水も、不足している地域は、まだまだあるのです。
自分たちは支援されている側だからと、我が子におやつを我慢させているそうです。
私は我が子におやつを我慢させている親御さんたちの気持ち、本当はおやつを食べたいのに我慢している子供たちの気持ちを想うと、心が痛みます。
それに加えて、希望を捨てずに地元の経済の流通を取り戻そうと、経済破綻させまいと、頑張っている事業主の方々。津波で会社を丸ごと流されてしまわれた方々のご苦労を思うと、痛たまれなくなります。
中古品でもプレハブがあったなら、どれだけ被災された事業主の方々が救われることか。
静岡に限らず、全国の皆様、心温かいご支援のほど宜しくお願い申し上げます。
一つのプレハブが被災地に元気をもたらします。
一人よりも二人、二人よりも三人、一人ひとりの力には限りがあるけれど、みんなの力が一つになったなら成せない事柄はないと信じています。
被災地で厳しい生活を余儀なくされている皆様。
皆様は決して一人ではありません。
遥か遠くの地、ここ静岡でも被災された皆様の痛みを分かち合い、普通の暮らしに戻れますよう願っている方々が大勢います。
助け合いの輪が拡がっています。
静岡支部 後藤
宮城 きぼう商店街 開店
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
祈望は震災被害に遭われた支援の届かない被災地のご家族と、経営者の支援を行うために設立しました。
宮城県では震災の影響で廃業、倒産、休業、倒産危機の企業が急増しています。
復興の第一歩には、被災されたとはいえ、やはり社長様、個人事業主の方々の力が必要なのです。
このままでは、雇用も動かず、経済も動かず、再就職できない方々が増える一方です。
宮城県には経済停滞の波が押し寄せています。
このような状況の中、ご家族、知人、友人が亡くなった悲しみから、ようやく被災地の社長様達や個人事業主の方々も復興に向けて立ち上がりました。
ですが、現実は会社も家も車も流されゼロからの再出発となります。
生き残った社員さんたちの生活も支えて行くのはもちろんのこと、お仕事を再開されるにも、ほとんどのものが壊れてしまい、再スタートが非常に困難な状況にあります。
私たちは、そのような企業様や個人事業主様と力を合わせ、復興への第一歩として6月1日から「宮城きぼう商店街」を開店致しました。
宮城きぼう商店街は、沿岸部被災地から一歩を踏み出します。
支援者の皆さま、どうかご協力お願い致します。
代表 金野
※Youtube に山元町の様子3件、亘理町の様子1件をアップしました。
山元町
山元町2
山元町3
亘理町
静岡から若い支援者がやって来てくれました
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
今日は、静岡県から川島さんが来てくれました。
ツイッターで祈望の存在と活動、被災地の状況を知ったそうです。
一刻も早く被災地で不足しているものを届けたいと、レンタカーを借りて物資と冷蔵庫をお持ちくださいました。
被災地も見学したいと要望されたので、三陸道を石巻港で降り、石巻⇒女川⇒雄勝のルートを通りました。
石巻市と女川町の状況はYoutubeにアップいたしました。
川島さんは、自分が考え描いていた状況を遥かに超えていると驚いていました。
でも、これが現実の姿です。
雄勝町に着いて物資を倉庫に仕分けした後、石巻支部の大槻さんに川島さんは色々と質問をしていました。
帰りの車の中で、川島さんは、もう一度自分達に何が出来るかを考え直したいと言っていました。
2日後、川島さんから祈望のメンバーとして、静岡で頑張りたいと申し出がありました。
静岡支部の後藤とともに静岡からできる最善を尽くしてくれるそうです。
川島さん、ありがとうございました。
そして、川島さんを通して支援物資を託してくださった皆様ありがとうございました。
代表 金野
6月2日 物資輸送
物資輸送 女川町の現状況
仙台市宮城野区の会社へオフィス支援物資をお渡ししました
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
今日は、ロードライフカー様と(有)アルカ様にオフィス支援物資をお渡しさせていただきました。
お二人とも、仙台市宮城野区蒲生という地区で中古車販売、整備などの会社を経営されていました。
この地区は津波の被害が大きく、建物はほとんどが流されてしまいました。
一からのスタートにはなりますが、全力で頑張るつもりだと仰っておられました。
私自身も会社を経営していますが、震災後はガソリン不足、物資不足、ライフラインの影響で、2ヶ月ほどまともな仕事ができませんでした。
仙台市やその近郊は見た目の被害は沿岸部と異なりますが、経済的ダメージは計りしれません。
外観は変わりのないビルでも廃業、撤退、休業に追い込まれた企業がたくさんありました。
私も会社を再興中ですが、共に復興を信じて全力で頑張りたいと思います。
仙台近郊も沿岸部も会社再興は厳しい状況が続いています。
皆さまへの恩返しは、復興を成し遂げることだと感じています。
正直、まだまだ、復興という道すじは見えてはきません。
ですが、心の中にある希望の光は、はっきりと輝いています。
今は復興を信じて、前へ前へと進むしかありません。
皆さまの心温まる支援は被災者にとって勇気の源です。
ありがとうございます。
代表 金野
北上町に支援物資をお届けいたしました
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
今日は東京から三原さん、長野から鈴木さん、岡山から(株)松尾自動車販売さんが、物資輸送に同行してくださいました。
また皆さまから、飲料水や食料品の支援をいただきました。
北上町の避難地区へは、武蔵野土木工業(株)の渡邉様、大伸社の中村様、上平様、鈴木美絵様からの支援物資をお届けさせていただきました。
ご支援ありがとうございます。
当日は一緒に同行できませんでしたが、前日は神戸から石巻市の炊き出しに来ていた友人のやまと建装(株)の真島さんからも支援いただきました。
前日は、副代表の倉田、長野県から来てくれた友人の鈴木、神戸から来てくれた真島さんとご飯を食べました。
真島さんは、石巻市で瓦礫撤去と炊き出しのボランティアに来たそうです。
実際の被災地を観て、正直、あまりの被害規模の大きさに、自分の善意の行動もとてもちっぽけなものに感じてしまったそうです。
正直、それは私自身も常に感じていることです。
「東北復興支援団体 祈望」という立派な名前が付いていながら、東北どころか、宮城県のごく一部の地域の支援で精一杯なのが、今の現状です。
いつも、被災地のど真ん中を車で走る度に感じるのです。
自己満足では終わりたくない・・・。困っている方々のお役にたちたい・・・。
一人の人間の力は、この未曾有の出来事の前にはあまりに小さくて、無力に感じるほどです。
震災以来、被災地の方々は毎日が忍耐です。
おばあちゃん達に来週また来るから何がほしいか尋ねると、漬物が欲しいと応えました。
子供たちはお菓子が食べたいと応えました。
中学生は日本のカップ焼きそばが食べたいと応えました。
お母さんたちは洗濯機が欲しいと応えました。
お父さんたちは仕事がしたいと応えました。
でも、被災地の方々は「こんな贅沢は言えない・・・水とおにぎりだけでも十分ありがたい。」
そう言っていました。
カップ麺は韓国の物が多くて、非常に辛いそうです。
子供たちには辛すぎて、お湯で薄めて食べさせるそうです。
その、薄めるお湯も一日2リットルまでしか配給されないので、沢水を沸騰させてからお湯として使っています。
雨が降ると沢水は黄色く濁ります。
それでも、利用するしかないそうです。
洗濯機は地域に3台しかありません。
1台を40人ほどで利用するため、午後3時になっても自分まで順番が回ってこない時もあります。
夕方から洗って干しても十分には乾きません。
被災地にはこのような状況の地区が、まだまだたくさんあります。
被災地では、配給停止、避難所解散を迎えようとしています。
配給は一日に一人あたり水が2リットル、おにぎりは2個までです。
道路や橋は崩れています。
片道30キロから40キロを車を走らせ、やっとお店があります。
この現実があるということを、多くの方々が知りません。
同じ宮城県にいる方々でも知らない方がほとんどではないでしょうか。
マスコミの力は大きく、報道の頻度に比例して配給も支援物資も激減しています。
私は恵まれています。
全国の友人から、何か困っていないか?何か必要なものはあるか?気にかけてくださいます。そして、私が語る真実をできるだけ多くの方々に伝えようとしてくれます。
そのたびに感じるのです。
「生かされている」
真実は必ず最後に生き残ります。
支援者の皆さま。
アマゾンでご購入していただいた皆さま。
東京サポートチーム。
祈望メンバー。
いつも本当にありがとうございます。
継続は様々な困難をもたらすかもしれません。
自分のことで精一杯の時もあるでしょう。
純粋な善意が踏みにじられる時もあるかもしれません。
力の及ばない領域に虚しさを感じる時もあるかもしれません。
でも、ちっぽけかもしれない私たちの力を必要としている方々が、まだまだ大勢います。
私の本音は復興は20年〜30年かかると考えています。
これから先、変わり果てた故郷の復興を見届けることが叶わぬまま、この世を去っていく方々もたくさんいるでしょう。
一日でも早く思い出の詰まった美しい故郷を生きているうちに見届けさせてあげたい。
それが困難なことはわかっています。
私は震災の翌日に、連絡の取れない同僚を探しに塩釜市の避難所を彷徨いました。
その時の光景が目に焼き付いて離れません。
一瞬、絶望感に襲われました。
変わり果てた東北を、宮城を復興させられるのは誰なのか。
瞬時に、国や行政だけでは不可能だと確信しました。行政、民間の枠を超えて、一体になって立ち向かっていかなければ復興は言葉だけで終わります。
今、私が最も懸念しているのは「無関心」です。一度、被災地を自らの目で見て感じてほしい。
復興に向けて皆さまの力を結集して共に突き進んでいけたらと願っています。
代表 金野
※三原さんはご自身のサイトで被災地の状況を伝えていらっしゃいます。
5月28日~30日、仙台の祈望さんでボランティアをしてきました。
ちょうど、岡山からの車の移送にお供し、雄勝までの被災地を見ることが出来ました。
写真では捉えられないと気づいて、帰り道は、車から動画を写し続けました。
詳細は私のサイトをご覧ください。
東北の被災地とボランティア活動
http://www.m-epoch.com/20110311ikou/hisaichisien/20110529hisaichi.html
東京都在住 三原翠
石巻市雄勝町に車をお届けしました
支援者の皆さま
いつもありがとうございます。
代表の金野です。
今日は、岡山県総社市から19時間かけて、(有)松尾自動車販売の松尾社長と社員の方々が、被災地に車を2台寄付するために来てくださいました。
テレビや写真には映らない現実の光景に驚かれていましたが、
こんなに復興が遅れているとは思わなかったそうです。
事前に私とは何度か連絡を取り合ってはいましたが、ここまでの状況は想像できなかったそうです。
真剣に、これから何ができるかを皆で考えなければいけないと仰られていました。
私は一人でも多くの方々にこの現実を、自らの目で、見ていただきたいと思っています。
この光景のど真ん中に立って、臭いや音や雰囲気など五感で感じてほしいのです。
本当に必要で求められているものが何なのか。
私は真実を多くの方々にできる限りお伝えしてきましたが、
この現実をこれ以上、お伝えする術が見つかりません。
自立はたしかに必要です。
ですが、まだまだ、被災地では皆さまのお力を必要としています。
そんな中、全国から絶えることなく届き続ける支援物資は、希望の結晶です。
松尾自動車様
総社市民の皆さま
総社市長 片岡様
この度は、本当にありがとうございました。
お車は、被災地で大切に大切に使わせていただきます。
代表 金野





















